ネズミサシ

この古木の立つ場所は残念ながら安曇野ではありません。松本市、女鳥羽川の段丘の上。日当たりの良い標高約950mの南斜面に立っています。私の古巣であるこの地域から久しぶりに呼ばれた折り、なにやら懐かしさとともに真っ先に目に浮かんだのがこの古木です。心の隅にずっと気になっていたこの古木にいよいよ引き寄せられ、そして再び会うことができました。

株立ちしたものが癒合しながら成長したのか、それともこの樹の古木ゆえの性質か、所どころウロになって螺旋状に捻れながら伸びています。いつの頃からか完全に片枝になっていて南の方ばかりに枝を伸ばしています。

この神々しい樹の名は「ネズミサシ」。ヒノキ科の針葉樹です。その名の通り、鼠の通り道にこの枝葉を置き、その侵入を防ぐのに使った様。針のような葉は触れると予想以上に痛く、知らない者はこの痛みに驚きます。

安曇野の明るい松林などにもよく自生しています。針葉樹らしく円錐形を保つものもあれば、変形して何本も株立ちしたり、地を這うように横に枝を伸ばしたものなども。それら含めて見かけるのは樹高が1mから3m位までのもの。このように10m近くまで大きくなったものは滅多にお目にかかれません。

というのも、「ネズミサシ」はとても成長の遅い樹なのです。

下の写真は直径45mmのネズミサシの断面です。約40年分の年輪を数えることができました。

40年かけて4.5センチ、単純計算ですが1年にたった1.125mmの成長で、平均年輪幅は0.56mm。

下は33mmの別の木です。こちらは約26年と判明、年輪幅は平均0.63mmとなりました。

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とすると、根元の直径が35㎝ほどのこの古木は350÷1.125=311  株立ちでなく1本の木だとした場合の大まかな計算ですが、300歳を楽に超えていることになります。

300年といえば「木曽檜」の伐齢がそのくらい。こちらは胸高直径で1mを超えてきます。

成長が遅いゆえに昔の人は山などの道や境界の目印にしたそうです。何年経っても変わらぬ姿がそこにあるからです。

「ネズ」とも略されるこの樹は年輪の詰まった緻密で丈夫な材質でしかもとても軽いのです。10年前に作った杖や鍬の柄は今でも全く問題なく使えています。

紫黒色の実は、いわゆる「杜松実」として薬用に供されます。ヨーロッパのネズはジンの原料として知られています。

今や人の入らなくなった山の急斜面に立ち、ここから松本平を見下ろしています。しかしこのネズにしてみれば変わりゆく街並みも周りの樹々たちと同様、伸びては枯れる繰り返しの一時の成り行きでしかないのかもしれません。

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久しぶりに会えて安心しました。この、私の友人ともいえるネズは今も変わりなく、寡黙にされど力強く存在感を表わしています。

ネズミサシ” に対して2件のコメントがあります。

  1. 匿名 より:

    ネズミサシは粘りがあり折れないので背負子の用材として使いました。我が家にもあると思います。

    1. urayama3 より:

      適材適所、人の能力に対して使われる言葉ですが、昔の人の知恵を表していますね。何でも知っていたし何でも作れた。そしてその材料はすべて裏山にある。

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