大峠への道

2017年6月に別サイトで掲載したものです。

(穂高有明富田から見た大峠)

中房温泉への中房線が全線開通したのは昭和11年と年表には書いてある。しかし大正13年には信濃坂まで馬車道が通っていたとの記述もある。明治初頭に中房川沿いに引湯する事業が行われたこともあり、古くから中房の渓谷を遡って何とか温泉まで行けたのだろう。ただ史料などに重複して書かれているのは、“満願寺の栗尾沢を登り、大峠を越え冷沢を下り、信濃坂に出て中房の湯に至る”というもう一つの中房への道のことである。今でこそ観光バスも通れる道幅を持つ中房線であるが当時の断崖をゆく渓谷の道は危険極まりないものであったろう。多くの湯治客は賑やかにこちらの大峠を通って行ったに違いない。なるほど地図であたってみると大峠を越える道は堀金や三郷、豊科松本方面からは入りやすい位置にあり、安全でかつ距離も短く理にかなっている。
青々と立つ稲、そばの花咲く農閑期、あるいは収穫を終えた仲秋に、人々が自炊用の食料を背負ってまずはこの大峠を目指す。峠から振り返り我が里を我が村を、この安曇野をしばし眺望する。帰り道で見る同じ風景は、はたしてどのように違って見えたであろうか。

人が通らなくなってからざっと80年から100年。再びこの道を探し当て歩く。
分断され閉ざされた道を繋ぐ時、往来の人々の喜びと希望を呼び戻すことになるだろうか。

国土地理院 1/25000の地形図には途切れることなくこの大峠の道が記されています。かねてからの腹案に、まずは現況を確かめに行ってきました。

車で満願寺の手前を右に入り、北の沢に沿って林道を進みます。北の沢がいわゆる栗尾沢です。

旧穂高町以前からの山林財産区の造林小屋、ここを今回起点にしました。標高は約1000m。地図にはこの小屋の南の尾根から徒歩道がスタートしていて破線で表してあります。

ですが道の痕跡は全くありません。辺りは植林され、昔の面影は無くなっています。しかも笹で覆われ土地の形状すら読めません。GPSに身を任せて進みます。最初からハードな藪こぎとなりました。背丈ほどの笹に揉まれ急斜面で視界も悪く急速に気持ちが萎えはじめた時、一筋の光明が・・・

道です!道に出ました。まさかこれが大峠への道?半信半疑でしたが下に戻って確かめてみます。
この歩道は登ってきた林道の支線と繋がっていました。我々の進んだ造林小屋からの経路とは違う別の新しい道が出来ていたようです。再び上り返して行くと地図上の破線とほぼ一致します。大峠への道と確信し意気揚々と進みます。
その確信以上に感動を覚えたのはこの道に歴史的な古さを感じたからです。樹齢60〜70年の人工林の植栽の仕方を見てもまず先に道があったのは事実です。

道脇に次々に現れる「あがりこ」状の大木、例えそれが人為的(台伐り萌芽)によるものでないとしても時間の経過の重みを感ぜずにはいられません。

発電所からの送電線が走っているのは地図からも分かっています。電力会社の杭や道標もあちこちに見られます。この道が送電線の鉄塔に向かう道に利用されていることは察しがつきました。むしろそのことがこの道にとって幸運だったようです。仮に歩行が年にたった一度のことでも、人が通らなくなれば道はあっという間に道でなくなります。

(1386m付近の沢、雪が残っていました)

順調に進んで来ましたが、ここに来て地図の道から大分ずれてしまっていることに気が付きました。幸い破線と送電線が交差する所に鉄塔があるようです。この道が鉄塔まで続いているならこのまま進んでも峠の道に出られそうです。我々の気になるのは鉄塔の先から峠まで道が続いているかです。そのまま鉄塔巡視路を進むことにしました。

東京電力の高瀬川線No56鉄塔に出ました。

そして期待は裏切られました。

辺りいちめん笹野原です。次の鉄塔に続く道は続いていますが目指す峠とは反対方向になります。注意深く観察しましたが手掛りはゼロです。でもこれでやることがはっきり決まりました。大峠までの約1.5kmの区間の刈り払いをします。

覚悟が決まったところで腹が減りました。ちょうど時間もお昼です。両足に猿の糞を踏んでいて臭い中のメシになりました。道は人だけのものでなく猿や熊や動物の通路でもあるようです。そのためにもなんとしても道を開けなければなりません。エテ公達の喜ぶ姿が目に浮かびます。笑。

(56から57に向かう途中から見えた安曇野)

今回の目的は達成しました。気が楽になり、ここから引き返すのは面白くないということでこのまま巡視路を進むことにしました。林道北沢線まで出られそうです。

(57番鉄塔)

結局56、57、58と3つの鉄塔を巡るツアーになりました。
ピークは57番鉄塔で1635mです。

今回の行程の標高グラフです。58番鉄塔から林道まで標高差450mを1.6kmの距離で下ります。

舗装された林道をひたすら下り、満願寺に立ち寄り、湧き水「命水」で力をつけて最初の造林小屋まで何とか戻れました。歩行距離 約13km 7時間15分の道のりでした。

大峠まで辿り着けませんでしたがこれはこれでそれなりのトレイル。良しとしましょう。

2017年5月28日。